ニューヨーク~東京の日常生活日記

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「父と私の認知症日記」を読んで、年を取ることや認知症に対して考えさせられたこと

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物忘れをしたお爺さんのイラスト(認知症)

こんにちは、hirokoです。

今日は「父と娘の認知症日記」を読んで考えさせられたことを紹介します。

数年前から私にも認知症の家族がいます。この高齢化社会、自分でさえも認知症になる可能性は十分あります。認知症になると何が起こるのか少しでも知りたくてこの本を読みました。

 

目次

 

 

「父と娘の認知症日記」とは

作者、南髙まりさんのお父さんは認知症専門医の長谷川和夫先生です。この長谷川先生は「痴呆症」という病名を「認知症」という言葉に変えたDrです。そして、彼自身が認知症になりました。

この本は長谷川先生の若い頃から現在までの日記と、娘の南髙さんが講演会などに付いて行って、近くから見たお父さんのことをエッセイにしたものを年代順に組み合わせたものになっています。

 

 

読書感想

私は医療人なので、今までは認知症の人に対して薬を渡して服薬の仕方を説明したり、副反応について説明はしてきましたが、実際に認知症の人がどのような気持ちで暮らしているのかについてはあまり分からないままでした。

この本を読む前は認知症を長年研究してきた人が実際に認知症になったのだから、私が知っている認知症の人のような、しょっちゅう頭が混乱して変なことを言ったり、本能が丸出しになったりするようなことはないのではないかと思っていました。また、自分の研究のためもあり、認知症になる前とあまり変わらないほど、いつも積極的でいるのではないかと思っていました。それも認知症の種類によっても違うし、本質的にはその人の人柄が出てくるのですね。認知症だからそういう行動をするというよりは、どんな行動や言動にもその人なりの理由があるようです。

結局、認知機能が高い時は私たちの理解に及ぶ行動や言動をしますが、低くなった時に本人に何が起こっているのかは分かりませんでした。低くなっている時って今までのその人の状態ではないし、何かに書き留めることはできない時間を過ごしている時なので、記録にするのは難しいのかもしれませんね。

 

また、長谷川先生の

生きている限り生きぬきたい

生かされるのではなく自分の意志で生きたい

 という言葉にはハッとさせられました。認知症になっても頭ははっきりしている時間はあり、決して心臓が動いているから生きているという受動的な生き方をしているのではなく、自分の意志をもって生きるという能動的な生き方をしていることにです。

 

昨日はたまたまテレビに、在宅医療に関わっているという南杏子医師が出てきました。彼女の言葉も印象に残ったので紹介します。

 

 

南杏子医師の言葉でハッとさせられたこと

彼女の言った言葉で印象に残ったのが、「本人に良かれと思って叱咤激励するのは本人の負担になることもあります。私たちは若い時の本人のことを思い出して、どうして今まで通りにできないのかと思うかもしれませんが、本人は本人のペースで一生懸命頑張っているかもしれないのです。」というような言葉でした。認知症の人に対してだけでなく、年を取っている人全般に対して言えるかもしれませんが、これは本当に身に覚えがあります。祖父母に対してなら、私が知っているのは年を取ってからだからまだ理解できるのですが、両親ぐらいの近さに対してだと若くて元気で威厳がある時を知ってしまっているから余計に認められないんですよね。

 

 

まとめ

日本は世界でも上位の超高齢化社会に入っています。

長年認知症の研究に携わってきた医師本人が認知症になり、その娘さんが書いた「父と私の認知症日記」を読みました。

家族関係は人それぞれで上手く親の介護をしていけるものではないこともありますが、できるだけ事実に目を向け、よりよい生活を送っていけるように考えるのが大切だと思います。

 

 

最後までお読みいただきありがとうございました(^.^)

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